何事にも産みの苦しみというものがあるとするならば、遠い未来から振り返ると懐かしいと思えるだろうか。
苦しみ、と書くと暗い気持ちになってくるが、これが実に楽しい。
誰もやらないこと。想いもつかないこと。誰にお願いされた訳ではないのだから、やりたいようにやれば良い。
積み上げていく楽しさを噛み締められるのは、産みの苦しみを知っているからこそなのだろう。
種をまいてから芽が出て、そして育つまでには時が必要だ。
栄養も水も、そして太陽も必要だ。
インプットなくしてアウトプットなし。
アウトプットし続けることで、インプットを必要とする。
しかも、圧倒的でなければならないと思っている。
まだまだ脳みその1%も使っていない感覚。まだまだ、まだまだ。
肩の力が抜けてきて、完全に力みがなくなったとき、きっと日々がもっともっと楽しくて仕方ないんだろうな。
夜明け前から、ずっとそう思っている。
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